よらの価値観

不平等とはいけないことなのか

不平等について考える

世の中は不平等で満ちています。
年収しかり容姿しかり、自分ではどうしようもできない家柄や血液型、アレルギーに至るまで。
そんな中で僕らは『だいたい人間』という共通認識でふわっと納得してやり過ごしています。

それなのに政策やコミュニティの方針などには「不平等だ!」「私達のことは考えてくれないんですか!」という声が止むことはない。
今日はそんな不平等についてちょっと考えたくなりました。

不平等とは何なのか

不平等とは

不平等について調べてみたら『平等ではないこと。』って。

知っとるわ!!!

Googleに頼ることができないので自分で考えてみると不平等って『誰かを大切にして誰かを大切にしないこと』なのかなと思います。

誰かを大切にしないってすごく酷いことのように聞こえるけど、めちゃくちゃ大事なことじゃないかと。

仕事でも日常でもそうだけど複数のプロジェクトを同時に進めようとすると必ずどこかでキャパシティの限界がきます。

僕はすぐに新しいことをやりたくなって次々手を出してしまうのですが、手を出したはいいけどずーっと止まっていたり、結局半端に終わることがよくあります。
学習せずにまたすぐに新しいことをし始めてタスクを増やすことを繰り返してきたわけですが、最近ようやくマルチタスクがそんなに得意ではないことが解ってきました。。

マジかよ…。

で。

そうやってタスクが貯まり自分のキャパシティを超えると当然超えた分はできなくなります。
そうなると優先順位をつけてタスクを片付けていかないといきませんよね。全てのタスクをこなせないのなら最悪どれかはやらないと決める必要がでてきます。
このやらないと決めることはやることを決めることよりも大事な場合もあります。

やらないことを決めるって結構力がいることなんですね。
極端に言えば諦める、可能性を捨てるってことなので。でもそうすることで残した可能性により注力できる。
不平等ってつまりそういうことだと思うんです。

考えるキッカケをくれた大学のやり取り

そもそも不平等について考えることになったキッカケはこの記事を読んだことでした。

「話してもわからん」をひっくり返したある日の学長からのメール

この記事を簡単に説明すると『コロナの影響で学校の共有施設の使用ができない状況で施設使用料を入学当初の想定通り支払うのは納得がいかない。』という学生の訴えに対し、学長がしっかりと人の体温を感じられる返答をしているという内容です。

この記事の中で学長は『皆さんにはぜひ、この「不公平」について考えてみることをお願いしたいと思います。』と綴っています。

ここにめちゃくちゃ大事なことが詰まってるなと感じました。
実際この記事の筆者(この大学の学生)もこの対応について感動したことでこの記事が生まれたということでした。

この素敵な記事を19歳が書いてるのが衝撃です。
読みやすいし要点しっかりしてるし賢い人なんやろうなぁ。

不平等についての僕の考え

よら(水野嘉彦)

全員に平等に同じ体験をさせることは不可能だと思います。
そもそも個人個人の状況が違い、同じことを提供していても不平等は生じる。

同じことを実施したという側面では平等ではありますよ。
でも実利としてそれは平等であり、必要なことかどうかとは別で。

それなら同じことを提供するよりも確実に必要なところに集中した措置を取るというのはとても効率的だし、それは尊い決断だと思う。

めちゃくちゃ大雑把に言えば例えばこういう時。
・全員に10万円給付
・所得が1500万以下の世帯に15万円給付

もちろんこれは乱暴な切り分けなのは分かってます。
ただ所得が多い人の10万円と低い人の10万円とは価値が違います。
必要なところに届ける努力をせずに思考停止して「一律同じことを!」というのは僕はどうかと思うわけです。
努力した結果「一律で!」はまた違いますよ。

こういう判断は至るところにでてくる問題だと思います。

この問題って確実な正解なんてないと思うんですが、皆さんは不平等についてどう思うでしょうか。
難しい問題だけど誰もが一度ゆっくり考えた方がいい問題だと思います。多分身近な人に優しくなれる。
僕自身これからも考えていこうと思います。

黒門のココだけの話